家が無くなった

というか、絶賛破壊中。



と言っても、自分が高校の頃まで住んでいた、母方の古い方の家なのだが。



今の家(隣)に越してからは、ずっと借家としていたのだけれど、
住んでた老夫婦のおばあさんの方が、少し前に亡くなられてより、
これを機会にという事になった(旦那さんの方は別の家へ行ったみたい)。



人が住まなくなると家はすぐ痛む上に、
もう築40年近いボロ屋だったわけで。



なので、今回取り壊すことになった。



一応、写真は取っておいた。
スマホで夕方に、だけれども。



既に10年以上別の家族が住んでいた家なので感慨も薄いのだけど、
それでも昔の記憶に思いを馳せたよ。



元々俺の部屋だった所の天井にはアニメのポスター(きまぐれ☆オレンジロードのものだ)を張ってた画鋲が残っていたし。


二階はそれよりもっとガキの時分の頃の記憶だ。


祖父が死に、その部屋が俺の部屋となるまでは弟と一緒の部屋だった。


小さいし、狭い部屋だ。


その頃のウルトラマンはAだった。
再放送だったかは知らない。


母と父の部屋では習字教室を開いていて、そこで字を書いたりした。


テレビは何台も在ったけど、一番大きくてステレオだったのは(しばらくは)父の部屋にあったものだと記憶している。

そこに映っていたのは、ヤットデタマン逆転イッパツマンだったろう。

階段には多分、幼稚園の頃の記念か何かのタオル掛けだろう、それが掛かっていた。

隠されたファミコンのACアダプタを探して、
何度も昇り降りしたのがこの階段だ。



自分で言うのもキモいが、
俺はロマンチストでセンチメンタリストだと思われるので、
昔引っ越した時に、古い家が借家となって他人が住む事に反対した(若かったしな)。


記憶ってのはちゃんと土地やモノにもあるんだと。
そう、言ってやったものだ。


そのあたり俺と間逆な親父はかなり無頓着で、
親父の部屋には洋服箪笥と布団以外何も無い。
記憶とか、固執する者が何も無いんだろう
(まったく理解できない価値観だ)。



まあ、そんな怨念とゆーか、なんとゆーか。
古い古い家が無くなってしまったわけで。
(コレを書いてる時はまだ概観は残ってるけど、明日の仕事中には綺麗さっぱりだろう)


年を取ったなあ、と思った。


こみあげてくる感傷みたいなものも…無いんだよなあ。


年を取ったなあ、と思ったよ、本当に。





で、家を破壊してたら、敷地内にこんなものがあったんだと。





幸いにして留守だったみたいだけど、随分立派なものだなあ。

キチンと処理すれば多少は美術的価値とか出たりするのかしらねえ。